北極圏へのいざない
「アラスカで最も嫌な季節は?」といえば真冬を想像するかも知れませんが、私は4月上旬です。春が近づき日照時間が延び気温が上がっていくのを肌で感じるのは最高です。しかし冬に降り積もった雪が解けて道に溢れ出し洪水となるので、車はいつも泥まみれ、散歩も恐くて出来ません。未舗装の坂道の上に住む友人はタイヤが泥に取られて家まで辿りつけないこともあるといいます。思わず桜満開の日本が恋しくなり、周りは帰国ラッシュとなります。
この時期日本に行けない私はまだ雪解けしていない北に行くのが好きです。今年は妻MMとコーチ会社経営のK氏とともに、ドルトンハイウェイ走破に挑戦。目的地は北極海に面するプルドーベイ、フェアバンクスから片道480マイル(772km)です。このドルトンハイウェイというのは、1968年に北極海沿岸で石油が見つかった後、太平洋岸の不凍港バルディーズまでアラスカ縦断石油パイプラインを引くために出来た道です。今でも用事もなくこの道を走る物好きは少なく、すれ違う車といえばパイプライン関係の大型トラックと、テロ防止のため24時間体制で監視するセキュリティー車ぐらいです。道の大半は未舗装なので夏は砂利道でのパンクが絶えず、車にも決して優しくはないのでレンタカーは保険対象外となります。冬でも滑り止めのために撒かれた小石が対向車から飛んでくるのでフロントグラスが無事な保障はありません。しかも「石油の道」なのに給油場所は途中コールドフットの一箇所しかないのです。
フェアバンクス近郊でめいっぱい給油をして、野生動物などを探しながら北上、凍結したユーコン河に架かる橋を渡り、北緯66度33分を越え北極圏へ。ここまで約5時間。北極圏とは、夏に1日でも太陽が沈まない日があり、冬に1日でも太陽が顔を出さない日があるというのが定義になります。所謂「白夜」は本当はこの線を越えた場所のみにふさわしいわけです。さらに3時間程程走って夕方、新田次郎の“アラスカ物語”にも登場する人口12人のワイズマンに到着。コテージに宿泊し、真夜中には周辺のオーロラ観測へ。フェアバンクスを出るともう信号機はまったく無く、人工物のない場所で見るオーロラは格別。K氏はオーロラ専門の写真家でもあり、以前この周辺で撮った作品がアラスカ大学の博物館で展示・販売されています。私も会社でレンタルしているデジカメを使い数枚撮影。
翌日、更に北上。ここから景色は次第に北極圏独特の木のない風景へと変化して行きます。日本の森林限界は約2,800mで富士山の8〜9合目あたりでですが、今日のドライブでアティガン峠を越えると海抜0mにして森林限界となり、ハイウェイ沿いの「最後の木」の向こうは見渡す限りの雪原と切り立った山の無機質な世界が広がっています。この極限の地にも生き物が棲んでいて、狼や大山猫の足跡が残っていたり、真っ白に保護色となったライチョウが車の行くてをふさいだり、雪の下の苔を求めて旅する1000頭を越すカリブーの群れが現れたりと音の無い世界の旅を彩ってくれます。
所々で地吹雪が起こって車が揺れしたり、氷の道で横滑りしたりするたび冷っとします。そんな状態を数100キロ走りましたが、ガスの残りから逆算してこれ以上進むと北極海まで辿りつかないと給油できない場所に差しかかったところで、走破を断念して引き返すことにしました。北極海へあと70マイルだったので悔しかったけれど、その過程を充分堪能したし、何より帰って来れないのが恐くなってしまいました。実際のところ、ワイズマンにもう1泊して3日目、フェアバンクス手前22マイル地点で車がついに呼吸停止。携帯電話も繋がらないので、通りかかった車に救援を頼むはめになりました。レッカー車を待つ間、車内は暖房が効かず、寒さが増して、あたりも暗くなってきた時、強行してプルドーベイに行かずに良かったと実感しました。
今回はトラブルもあったので多くの人に助けられました。車が止まっていると皆が声をかけてくれます。人間を圧倒する大自然、そこに生きる人々の助け合い、そんなアラスカらしい体験もできる北極圏ドライブ。皆さんも思い切って試されますか?
オグ 2006年 4月